『阿賀に生きる』はドキュメンタリー映画の開拓者、佐藤真の初監督作品です。1992年当時、映画館でドキュメンタリー映画がロードショーで上映されることがなかった時代、異例ともいえるロードショー公開がなされ、第24回スイス・ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭で銀賞ほか4賞受賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭優秀賞受賞、フランス・ベルフォール映画祭最優秀ドキュメンタリー賞、サンダンス・フィルム・フェスティバルIN TOKYOグランプリ受賞など、名だたるドキュメンタリー映画祭で最高賞を次々獲得。
 新潟水俣病という社会的なテーマを根底に据えながらも、そこからはみ出す人間の命の賛歌をまるごと収め、世界中に大きな感動を与えました。


 映画の主役は3組の老夫婦。かつては鮭漁の名人で田んぼを守り続ける長谷川芳男さんとミヤエさん、200隻以上の川舟を造ってきた誇り高き舟大工・遠藤武さんとミキさん、餅つき職人で仲良し夫婦の加藤作ニさんとキソさん。佐藤監督ら7人のスタッフは、3年にわたり川の流域に住み込み、田植えを手伝い、酒を呑みかわし、阿賀の人々の暮らしに寄り添って撮影しました。
 生きる喜びに溢れた豊かな暮らしが映し撮られた生の記録は、全国から支持を得て1400人余りのカンパを集めて完成。日本全国で上映され、自らの人生と風土を見直す賛辞がうずまき一大ブームを巻き起こしました。
 封切から20年が経ち、この映画を未来に残したいと再び募金が集まりました。そして『阿賀に生きる』は時を超えて16ミリニュープリントで21世紀に甦ったのです。自然とともに生きる人間の力強さを描いた本作は、いま未来への一筋の光を指し示すでしょう。

 新潟水俣病
1956年に熊本で公式認定された水俣病は、チッソ株式会社が有毒な工場廃水を不知火海にたれ流し、環境汚染と食物連鎖を経て引き起こされた人類史上最大の公害事件と言われています。
さらに1965年、昭和電工が新潟県の阿賀野川流域で新潟水俣病を引き起こしました。自然の恩恵を受けて生きてきたが故に被害を受けてしまった阿賀の人々は、それでも変わらず川とともに生きています。
そして水俣病事件はいまも解決せず続いているのです。

 新潟県の大河である阿賀野川。監督を始めとする7人のスタッフがその川筋に住み込み、そこに暮らす人々を3年間にわたって撮影した。
 山間の鹿瀬(かのせ)町に住む長谷川芳男・ミヤエさん夫婦は先祖代々田んぼを守り続けている。阿賀野川に浮かぶ舟の大半―200隻以上の川舟を造った大工・遠藤武さんとそれを見守る妻ミキさん、名人と呼ばれる餅つき職人・加藤作二さんとその妻キソさんら3組の夫婦の日常をカメラが追い続ける。

 長谷川さん夫婦は雨の日も稲を刈る。元船頭の帆苅周弥さんが阿賀野川に吹く風の話を語る。その帆苅さんが会長を務める「水俣病患者の会」の活動。鹿瀬町の夏祭り。長谷川さんがかつて行っていた鮭漁の自慢話。囲炉裏を囲んでの酒宴。季節の川魚や山の幸を前に、唄を歌い酔いどれ話しに花が咲く。舟作りをやめて5年もたつ遠藤さんの仕事場。新潟水俣病の裁判史上はじめて、労働者の立場から水銀垂れ流しの実態を証言した江花豊栄さんの話。やがて遠藤さんははじめて弟子を取って川舟造りを教えるようになり、また天正川の漁師たちが、長谷川さんの鉤釣り漁を再び行うという、夢の実現を手伝ってくれる。

 そしてまた春、長谷川さん夫婦は田植えの準備を始める。

 阿賀野川とは
 
阿賀野川は福島県・群馬県に源流を持ち、新潟県を流れて日本海に注ぐ日本有数の川。下流部の河川水流量は日本最大級と言われる。